概要
労働市場において、労働力と賃金が単純に需要と供給で決まるならば、その需給ギャップに基づいて、賃金が伸縮的に変化し、失業は発生しないことになります。
しかし現実の経済では、賃金は伸縮的ではありませんし、失業も存在しています。
なぜこのようなことが起きるのかを説明するための、1つの理論として、「効率賃金仮説」というものがあります。
効率賃金仮説では、労働者は賃金の水準に応じて、努力水準を変化させると考えます。賃金が高ければ、しっかりと働き、賃金が低ければ、頑張らないという感じです。
他方、企業にとっては、労働者にしっかりと働いてほしいところですが、そのためには賃金を高くする必要があります。そこで、企業は利潤を最大化するため、生産にとって最適な努力水準と賃金を決めることになります。
この結果、企業の利潤最大化行動により、賃金や労働需要が決まることになり、労働市場においては、失業や賃金の硬直性が生じると考えます。
効率賃金仮説
モデル
企業は労働力$L$を用いて、財・サービス$Y$を生産するとします。
実物経済のみを考え、財・サービスの価格を考えないとし、賃金を$w$とすると、企業は、次のような利潤関数$\pi$に直面することになります。
$\pi = Y \; – \; wL$
ここで、$Y$については、次のような生産関数を仮定します。
$Y = F(eL) \quad F’>0 \quad , \quad F^” < 0$
$e$は労働者の努力水準を表わし、努力水準が高いほど、生産も大きくなると考えらます。そして、$e$については、更に、次のような関数を仮定します。
$e = e(w) \quad e’>0$
賃金が高ければ高いほど、労働者は努力水準を高める形になっています。
利潤最大化
上記のモデルのもと、企業は賃金と労働力を調整して、次のような利潤最大化問題を解くことになります。
$\displaystyle \max_{L \, , \, w} \quad F(e(w) L) \; – \; wL$
そして一階条件は、
$F'(w(w)L) e(w) \; – \; w = 0$
$F'(w(w)L) e(w) L e'(w) \; – \; L = 0$
となり、式変形すると、次が得られます。
$\displaystyle \dfrac{w e'(w)}{e(w)} = 1 \quad \cdots \quad (1)$
$\displaystyle F'(w(w)L) = \dfrac{w}{e(w)} \quad \cdots \quad (2)$
一階条件の意味合い
$(1)$式を見ると、賃金の努力水準への弾力性が$1$であることが分かります。例えば、賃金を1%上げると、努力水準は1%上昇することになります。
$(2)$式を見ると、限界生産力に等しくなるように、賃金(努力水準)を決めることになります。
これを具体的に見るため、賃金$w$と努力水準$e$について、図示すると、次のようになります。
努力水準の関数$e(w)$の形状がこの図のような形になっているとき、企業は、原点からの直線$e(w)/w$の傾きが、最も大きくなる水準で、賃金$w^*$を決めることになります。そして、このように決まった賃金$w^*$を効率賃金と言います。
なぜなら、$e(w)/w$は、企業にとっては、賃金1単位当たりで計った努力水準なので、その努力水準が高いほうが望ましいからです。$(2)$式に戻って説明すると、$(2)$式の右辺は費用を表しており、小さいほうが望ましいわけですが、$(2)$式の右辺は、この図の直線の傾き$e(w)/w$の逆数になっており、$e(w)/w$が大きいということは、$(2)$式の右辺が小さくなることを意味しています。
このように、効率賃金仮説では、企業の利潤最大化の結果、効率賃金が決まることになります。
賃金上昇の労働需要への影響
このモデルのもと、賃金が上昇したとき、労働需要がどうなるかを見てみます。
賃金と労働需要の関係について、
$L = L(w)$
が成立しているとします。これを$(2)$式に代入すると。
$\displaystyle F'(w(w) L(w)) = \dfrac{w}{e(w)}$
であり、$w$で微分すると、
$\displaystyle F^” \left( L \dfrac{d e}{d w} + e \dfrac{d L}{d w} \right) = \dfrac{e \; – \; w \dfrac{d e}{d w}}{e^2}$
となり、$(1)$式を使って整理すると、
$\displaystyle \dfrac{d L}{d w} = – \; \dfrac{L}{E} \dfrac{d e}{d w} = – \; \dfrac{L}{w} < 0$
が得られます。
このことから、賃金を上昇させると、企業は労働需要を減少させることになります。
直観的に言えば、企業は、賃金上昇することで、労働者の努力水準を引き上げ、その分、少ない労働力で生産を行えることを意味しています。
労働市場
以上は、個々の企業の話でしたが、経済全体の労働市場で考えてみます。
上記のような企業が$N$社あり、同質的であるとします。労働供給量を$\bar{L}$とすると、失業者数は、次のようになります。
(なお、労働需要は各企業の最適化行動の結果決まるので、$L^*$と表記しています)
$\bar{L} \; – \; N L^*$
$\bar{L} \; – \; N L^* < 0$のときには、労働供給$\bar{L}$よりも労働需要$N L^*$のほうが大きいため、企業は自由に労働力を確保できず、賃金を引き上げる必要が生じます。
$\bar{L} \; – \; N L^* > 0$のときには、労働供給$\bar{L}$のほうが労働需要$N L^*$よりも大きいので、人が余っており、失業者が生じていることになります。
ただ、労働需要や賃金は、企業の最適化行動で一定値となっているので、賃金の下落や失業の解消は起こりません。
以上のように、効率賃金仮説のもとでは、労働需要のほうが労働供給よりも大きいときは、賃金上昇しますが、逆に、労働供給のほうが労働需要よりも大きいときは、失業が発生しますが、賃金は変わらず、賃金の下方硬直性が生じることになります。
参考
デビッド・ローマー『上級マクロ経済学』
齊藤誠・岩本康志・太田聰一・柴田章久『マクロ経済学』