はじめに
裁定価格理論(APT)とは、個別証券の期待収益率を求めるモデルです。
投資家にとっては、個々の証券がどのぐらい収益をもたらすのかは、重要事項であり、それに基づいて、投資を行うかどうかを決めるからです。
このとき、CAPM(資本資産評価モデル)がありますが、$\beta$だけで、それぞの証券の収益を把握できるのかという問題があり、このような背景のもとに生まれたのが、この裁定価格理論(APT)となっています。
裁定価格理論(APT)
仮定
まずAPTにおいては、次のような仮定が設けられます。
・市場は完全競争市場である
・投資家は、裁定機会がなくなるまで取引を行う
・すべての証券は、共通の因子で収益率が決定されるとする
モデル
証券$i$の収益率を$r_i$とし、$k$個の共通因子を$Y_j$としたとき、APTにおける収益率は、
$r_i = a_i + b_{i1}Y_1 + b_{i2}Y_2 + \cdots + b_{ik}Y_k + \varepsilon_i$
となります。$a_i$は定数で、$\varepsilon_i$は平均$0$、分散$\sigma^2$の誤差項です。
この式から分かるように、共通因子$Y_j$にそれぞれの係数$ b_{ik}$がウエイト付けされて、個々の証券の収益率が決定されるというモデルになっています。
なお、共通因子$Y_j$は独立であり、元々のデータ$y_i$を次のように変換したものとなっています。
$Y_i = \dfrac{y_i \; – \; \mu_i}{\sigma_i}$
元々のデータ$y_i$が正規分布に従うとして、これを行うことで、$Y_i$は平均$0$、分散$1$の標準正規分布に従うことになります。逆に言えば、このような変換を行わないと、共通因子ごとに異なる平均・分散を持つことになるからです。
そして、安全資産の収益率を$r_f$としたとき、このモデルにおける$i$証券の期待収益率は、
$E(r_i) = r_f + \lambda_1 b_{i1} + \lambda_2 b_{i2} + \cdots + \lambda_k b_{ik}$
となります。
APTの特徴
APTについては、次のような特徴があるとされます。
【マルチファクター・モデル】
1個の因子だけで期待収益率が決定されるのではなく、複数の因子で期待収益率が決まるモデルになっています。
特に、CAPMと比較すると、CAPMが$\beta$だけに依存していたのに対して、大きな違いがあります。
【リスクプレミアム】
ファクターの数は異なりますが、CAPMと同様に、期待収益率$E(r_i)$は、安全資産の収益率$r_f$にリスクプレミアムが加わったモデルになっています。
【投資家のリスクへの態度】
CAPMでは、投資家は危険回避的とされましたが、APTではそのようなことは仮定されていません。
【ファクター】
APTにおいては、共通因子として何を持ってくるのかが重要になります。インフレ率・鉱工業生産指数などのマクロ指標などが想定されますが、一意的に答えがあるわけではなく、共通因子数も決まっていません。
なので、モデルの当てはまりなどを見ながら、共通因子が何であるかを探っていく必要があります。
参考
釜江廣志(編集)『入門証券市場論』
刈屋武昭・佃良彦(編著)『金融・証券数量分析入門』