はじめに
開発経済学において、「ハリス=トダロ・モデル」というものがあります。
途上国の経済発展において、都市で工業化がなされると、都市のほうが賃金が高くなることから、農村から都市への労働者移動が起こるとされます。
それはそれで問題が変なところはないのですが、実際の経済においては、労働者は都市への移動を行いますが、同時に、都市では低賃金に甘んじていたり、失業したりする労働者が多くなっています。ならば、労働者が農村に戻るのかと言えばそうではなく、そのような悪い経済状態にもかかわらず、都市に労働者は住み続けている状況があります。
このように、農村から都市への労働者の移動を認めつつ、都市にはしっかりと賃金を得ている労働者とそうではない労働者がいる状況を説明しようとしたのが、「ハリス=トダロ・モデル」になります。
ここでは、このハリス=トダロ・モデルについて、そのメカニズムの概要を説明したいと思います。
ハリス=トダロ・モデル
自由移動
ハリス=トダロ・モデルにおいては、まずは農村と都市の2つがあると考えます。
農村では、農産物を生産し、都市では工業製品を生産し、生産関数は異なるものとします。完全競争下では、限界生産力と賃金が等しくなるので、
農村の限界生産力$MP_a$ = 農村の賃金$w_a$
都市の限界生産力$MP_m$ = 都市の賃金$w_m$
であり、次のように、農村の限界生産力$MP_a$よりも、都市の限界生産力$MP_m$のほうが高いとき、
農村の限界生産力$MP_a$ < 都市の限界生産力$MP_m$
農村の労働者は、都市への移動を行います。そして、農村の労働者は都市で、都市フォーマル部門の労働者となり、都市の賃金$w_m$を享受できます。
図で表すと、下図のようになります。縦軸は賃金で、横軸は労働者数を示しています。
農村の限界生産力$MP_a$が都市の限界生産力$MP_m$が等しいところで、農村の労働者と都市フォーマル部門労働者が決まり、賃金は$w_a=w_m$となります。
法定最低賃金
自由に移動がなされれば、上記の通りですが、ここで、都市においては、法定最低賃金が導入されているとします(ここが、ハリス=トダロ・モデルの1つのポイントです)。
このときには、農村の労働者は、都市に移動しようとしても、都市では法定最低賃金によって、賃金が固定されているので、都市のフォーマル部門で働ける労働者は限られてしまいます。
この状況を図示したのが、下図です。農村と都市のそれぞれの限界生産力が交わるところで、農村と都市フォーマル部門の労働者数が決まるのではなく、法定最低賃金をベースに都市フォーマル部門の労働者数が決まり、それ以外の労働者は、農村で働き続けることになります。当然ながら、賃金においては、格差が生じています。
期待賃金
ただここで、ハリス=トダロ・モデルでは、2つ目の仮定を設けます。
農村の労働者が都市に移動するかどうかは、期待賃金に従うとし、期待賃金は就業確率のもと決定されるとします。
期待賃金 = 就業確率 × 都市賃金
そして、就業確率は、都市における労働者全体に対して、都市フォーマル部門で働ける労働者なので、
就業確率 = 都市フォーマル部門労働者 ÷ 都市労働者
で与えられるとします。そして、2つの式を合わせると、期待賃金は、
期待賃金 = (都市フォーマル部門労働者 ÷ 都市労働者) × 都市賃金
となります。
このとき、賃金については、農村での賃金、期待賃金、都市フォーマル部門での賃金の3つがあることになります。
まずは、農村での賃金と期待賃金で考えると、
農村での賃金 < 期待賃金
ならば、農村から都市への労働者が移動が発生します。
しかし実際は、法定最低賃金で都市フォーマル部門での賃金は規制されているため、都市には来たけど、働けなかったり、都市のインフォーマル部門で働くしかない労働者が出てくることになります。
これを表したのが下図で、農村での賃金よりも期待賃金のほうが高く都市に移動した労働者が、フォーマル部門で働けず、失業者になっている形になっています。
このように、法定最低賃金と期待賃金というものを導入して、都市における失業者や低賃金で働いているような労働者の状況を説明しています。
最後に
直観的には、
「一旗揚げようと、田舎から都会に出てきたが、一定枠の成功者になれず、安価な非正規労働で働いている」
といったようなモデルで、個人的にはちょっと切ないモデルだと思っています。
参考
ジェトロ・アジア経済研究所・高橋和志・黒岩郁雄・山形辰史(編)『テキストブック開発経済学』