はじめに
税金は、経済主体の行動に影響をできるだけ与えないようにするのが望ましいとされています(これを「課税の中立性」と言います)。
しかし実際には、租税制度は複雑であり、必ずしも課税の中立性が成立しているとは限らないことが予想されます。
これを見てみるために、完全競争にある企業の法人税の影響について、考えます。
前提
企業行動の基本なのですが、念のため、完全競争における企業行動を整理しておきましょう。
ある財について、完全競争下で、企業は生産を行っており、その生産量を$x$、価格を$p$、費用関数を$C(x)$とすると、この企業の利潤$\pi$は
$\pi = p x \; – \; C(x) \quad \cdots \quad (1)$
となります。そして、この企業が利潤最大化を行うとしたら、
$\dfrac{d \pi}{d x} = p \; – \; C'(x) = 0$
という一階条件から、
$p = C'(x) \quad \cdots \quad (2)$
であり、企業は、
価格 = 限界費用
となるように、生産量を決定することになります。
法人税
基本
法人税は、利益に関して、一定の税率$t$を掛けた額となります。
なので、法人税を考えたときには、企業の利潤は、$(1)$式より、
$\pi = (1 \; – \; t)(p x \; – \; C(x))$
となります。
このもとで、企業が利潤最大化を行ったとすると、一階条件は、
$p = C'(x)$
であり、法人税がない場合の$(2)$式と同じになります。
すなわち、税金分だけ利益は減少するのですが、利益に対して法人税を課したとしても、企業の生産量には影響を与えないということになります。
税額控除
現実の日本の法人税に関しては、単純に利益に税率を掛けるというだけの制度にはなっていません。
一般的には、法人税の計算式は、次のようになります。
法人税 = 税率 × 課税所得 - 税額控除
課税所得とは、利益のことなのですが、税額控除とは、政策上の何らかの理由で、税金を安くする制度です。例えば、中小企業税制で、中小企業の設備投資を促進するために、設備投資額の一部を税額控除という形で、税金の値引きが行われています。
ここで、税額控除を$T$として、上記のモデルに従い、$(1)$式をベースに考えると、企業の利潤は、
$\pi = p x \; – \; C(x) + T \quad \cdots \quad (3)$
であり。$(1)$式に比べて、$T$だけ利益が大きくなっている式になります。
(なお、政策上は、単純に税額控除が行われるわけではなく、費用などにも影響が与えることになることが想定されますが、単純化のため、税額控除だけの効果を定式化しています)
これについて、利潤最大化の一階条件を求めると、
$p = C'(x)$
であり、法人税がない場合の$(2)$式と同じになります。
すなわち、税額控除分だけ企業の利益は増加しますが、税額控除を行っても、企業の生産量には影響を与えないということになります。
なお、$(3)$式において、$T$を税額控除としましたが、解釈によっては定額の補助金とも読み取れます。このことから、定額の補助金を企業に与えても、生産量は変わらないことが分かります。
コロナ禍で、中小企業に一定額の給付金が与えられましたが、利潤を増やすだけ(厳密にはマイナスをプラスにするだけ)で、生産量には影響を与えないものだったと、理論的には言えるかもしれません。
損金
上記において、利益の計算に費用を用いていましたが、実際の日本の法人税においては、すべての費用が利益のマイナスとして、認められるわけではありません。
「損金」という形で、一定のものだけが、費用として認められる形になっています。損金とは、税金の計算上、認められている費用のことです。例えば、法人税の交際費は、年間800万円までであり、それ以上は費用として認められません。
このように、すべての費用が税金上の経費として認められるわけではなく、上記で「課税所得」という言葉をさらりと使いましたが、この
費用 ≠ 損金
という違いがあります。
ここで、費用の一部が損金として認められる率を$\theta \; (0 < \theta <1)$とすると、$(1)$式の企業の利潤は、次のようになります($C^*$としているのは、後で比較を行うためです)。
$\pi = (1 \; – \; t)p x \; – \; (1 \; – \; t \theta) C^*(x))$
利潤最大化の一階条件を求めると、
$\dfrac{1 \; – \; t}{1 \; – \; t \theta} p = C^{*’}(x) \quad \cdots \quad (4)$
となります。
$0 < \theta <1$から、$(4)$式の左辺において、
$\dfrac{1 \; – \; t}{1 \; – \; t \theta} < 1$なので、$(2)$式と$(4)$式を比べると、 $C'(x) > C^{*’}(x)$
であり、損金というものを考えた場合の生産量のほうが小さくなります。
すなわち、損金という形で費用の一部を経費として認めないと、企業の生産量は過少になるということになります。
参考
林正義・小川光・別所俊一郎『公共経済学』