前提
部分均衡における均衡への調整過程として、ワルラス的調整過程やマーシャル的調整過程などがありますが、その1つとして、くもの巣モデルというものがあります。
くもの巣モデルにおいては、次のような前提が設けられます。
①各期ごとに需給が一致するような価格が成立する
②生産には時間がかかり、生産量に反映されるには調整に時間かかる
③生産者は今期で成立した価格が来期も成立すると予想する
このような前提のイメージとして、農産物や畜産物における市場が考えられます。
例えば、養豚業を考えたとき、豚を市場でもっていけば、豚の需給状態により価格が成立します(前提①)。そして次期に向けて生産を行うのですが、生産には時間がかかります(前提②)。そこで、今期の需給を踏まえた価格をベースに、来期の生産を行う(前提③)というわけです。
モデル
$ t$期における需要量は$ D_t$、供給量は$ S_t$、価格は$ p_t$とします。
このとき、需要量と供給量は、次のような式で表します。
$ D_t = a + b p_t \quad (a \gt 0 , b \lt 0) \qquad \cdots \qquad (1)$
$ S_t = c + d p_{t-1} \quad (c \lt 0 , d \gt 0) \qquad \cdots \qquad (2)$
需要量においては、$ b \lt 0$であり、価格$ p_t$が上がると需要は減少します。
供給量は、$ d \gt 0$であり、価格$ p_t$が上がると供給は増加します。ただ、その価格は$p_{t-1}$であり、1期前の価格に依存していることになります(上記の前提③に基づいています)。
このとき、需要と供給が一致するので、次式が成立します。
$ D_t = S_t \qquad \cdots \qquad (3)$
均衡価格
$ (3)$式に、$ (1)(2)$を代入すると、
$ a + b p_t = c + d p_{t-1} \qquad \cdots \qquad (4)$
となります。均衡価格を$ p^{\ast}$とすると、均衡においては$ p^{\ast}=p_t=p_{t-1}$が成立するので、
$ p^{\ast} = \dfrac{c-a}{b-d} \quad \gt \quad 0 \qquad \cdots \qquad (5)$
が均衡価格となります。
調整過程
ここで、均衡へ向かう調整過程を検討するため、$ t$期の価格$p_t$と均衡価格$ p^{\ast}$の乖離を
$ q_t = p_t – p^{\ast}$
とします。この式と$ (4)(5)$式を用いて、$ p_t, p_{t-1}, p^{\ast}$をキャンセルすると、
$ b q_t = d q_{t-1}$
が得られます。この式を変形すると、次式のようになります。
$ q_t = \left( \dfrac{d}{b} \right)^t q_0$
$ q_t$は$ t$期における価格と均衡価格との差(乖離)であり、$ q_t$が大きくなると均衡価格からどんどんと離れていき、$ q_t$が小さくなると均衡価格との乖離が縮まっていることを示しています。
このことから、
$ \left| \dfrac{d}{b} \right| \gt 1$ ⇒ 価格差は拡がり、均衡価格から乖離していく
$ \left| \dfrac{d}{b} \right| = 1$ ⇒ $ q_t$変わらない($ q_t = d/b \cdot q_0$)
$ \left| \dfrac{d}{b} \right| \lt 1$ ⇒ 価格差は縮小し、均衡価格に向かう
ということが分かります。
以上から、このモデルにおいては、必ずしも、需給が調整され均衡価格に向かうとは限らないことが分かります。
(逆に言えば、安定性を求めるならば、$ d/b \lt 1$が必要十分条件になります)
参考
奥野正寛・鈴村興太郎『ミクロ経済学Ⅱ』