概要
幼稚産業保護政策を実施するに当たり、それが妥当であるか否かを判断する基準として、「ミル・バステーブルテスト」というものがあります。
幼稚産業保護政策については「幼稚産業保護論について」
例えば、自由貿易ならば、消費者は国産品よりも安い価格や高品質な輸入品を消費できたはずですが、輸入規制で産業保護が行われた場合にはそのような輸入品を消費できず、より高く品質の良くない国産品を消費せざるを得ません。
このため、保護政策で輸入が規制されてしまうと、消費者の経済厚生は下がってしまいます。
(なお、幼稚産業保護論だけではなく、国際経済学的には規制や関税などが行われると、総余剰は減少し死荷重が発生するることに注意してください)
そこで、一定の基準である「ミル・バステーブルテスト」という基準を満たした場合には、幼稚産業保護政策を認めようとするものです。
ミル・バステーブルテスト
ミル・バステーブルテストは、ミルとバステーブルの二人が提唱したもので、次の2つの基準です。
①ミルの基準
産業保護の結果、将来的には、保護がなくなっても採算がとれなければならない。
②バステーブルの基準
産業保護による将来の利益の現在価値は、現在の保護のための社会的費用を上回っていなければならない。
ミルの基準については、当然ながら、将来、保護がなくなったとき、採算がとれなければ、ずっと保護をしなければならないことになってしまいます。
ただそれだけでは、保護政策が妥当というわけにはいきません。
将来に得られる利益が小さく、現在の保護による費用が大きければ、保護による社会的な負担のほうが大きく、保護政策を実施する意味がなくなってしまいます。そこで、バステーブルの基準が必要となります。
ケンプの基準
ただ、ミルバステーブルだけでは、なぜ、政府が保護政策を実施する必要があるのかとは無関係です。
ミルの基準にしても、将来的に儲かるのであれば、保護がなくても私企業は生産を行います。バステーブルの基準についても、現在の費用と将来の利益を衡量して、経済活動を行うのは、ある意味、当たり前の企業活動です。
つまり、ミルバステーブルテストをクリアしても、保護政策が必要か否かとは関係がなく、企業が経済合理的ならば、民間の企業でも可能な論理となっています。
そこで、検討されるのが、ケンプの基準というものです。
これは、将来的に外部経済が発生するような場合には、保護が認められるというものです。
例えば、ある企業が技術開発を行ったとしても、将来、その技術が他の企業に漏出・移転されるような状態を考えると、その技術により、産業全体ではプラスに働きます。しかし、技術開発を行った企業は、利益が小さく、技術開発のコストを回収できないこともありえます。
そうすると、社会的には正しいのですが、私的なインセンティブが乏しいため、実際には、技術開発は行われないことになります。
このような状態を回避するため、保護などが認められるというものがケンプの基準です。
根岸の基準
ケンプの基準は、外部経済からもたらされる社会的利益と私的利益によるズレに着目した基準です。
根岸の基準は、外部経済の有無に関係なく、社会的利益と私的利益に基準の中心点を当てたものです。
根岸の基準は、社会的利益の現在割引価値がプラスであり、保護政策がないときの私的利益の現在割引価値がマイナスの場合に、保護政策は認められるというものです。
最後に
上記の基準を考えれば、幼稚産業保護政策は是認されるように思われます。
ただ、多くの企業で投資について失敗していることを考えると、保護する幼稚産業の収益性などをどのように見通すのか、それが可能なのかという問題があります(政府だから失敗しないということはありません)。
そしてそれ以上に、このような基準を設けても、幼稚産業保護論がそもそも有する問題を解決しているとは言えないでしょう。
幼稚産業保護論については「幼稚産業保護論について」
参考
伊藤元重・奥野正寛・清野一治・鈴村興太郎『産業政策の経済分析』