概要
経済学(特にミクロ経済学)を学び始めると、「完全競争市場」という言葉が出てきます。
この言葉から、この市場とは、
「むちゃくちゃ競争的な市場」
という印象を受けます。そうすると、
「そんな市場はどこ? 競争的だからブラックな市場? それはどこ?」
などと思ってしまいます。
しかし、経済学的に言えば、そのようなイメージは当てはまりません。
しっかりとした定義があります!
完全競争市場
経済学において、完全競争市場とは、次のような条件を満たす市場です。
- 市場における財の特性や価格などの情報を全員が知っていること(完全であること)
- 市場における企業のマーケットシャアが非常に小さいこと
- 市場で取引される財がすべて同じ(同質的)であること
- 市場への企業の参入・退出が自由に行われること
条件の検証
ここで、それぞれの条件を1つ1つ考え、どのような場合があるか考えてみましょう。
1.市場における財の特性や価格などの情報を全員が知っていること(完全であること)
財の特性や価格について、一部については知ることはできますが、「すべて」を知ることは難しいでしょう。
ある上場企業の株価などは、情報を得やすいと思いますが、「全員」が把握しているとは言えないでしょう。
このことから、一部の人が一部の情報を得ることはできるでしょうが、「完全」であるようなものはないと思います。
2.市場における企業のマーケットシャアが非常に小さいこと
どのような市場を考えても、企業の規模には大小があり、このような状況はありえません。
中に、1社や数社がマーケットを支配しているような市場も多く、非現実的な条件と言えます。
3.市場で取引される財がすべて同じ(同質的)であること
この条件については、すべて同じではありませんが、似たような状況にある市場は考えられます。
例えば、米においては、標準米というものがあり、全く同じとされた米が流通しています。また、塩なども(天然塩ではなく)イオン交換膜製塩法で製造された塩は、すべて同質的で、この条件が当てはまっていると言えます。
とはいえ、このような条件にある財は一部に限られるでしょうし、どの企業もブランドというものを重視しています。現在の経営的には「コモディティ化」を避けるかが大事なので、企業にとっては、この条件からいかに逃れるかがポイントとなっています。
4.市場への企業の参入・退出が自由に行われること
市場への参入・退出が自由に行えるような市場としては、ネットなどのサービスが比較的当てはまるでしょう。ブロガーなどは簡単に始めて、やめること(退出すること)も容易です。YouTubeなども同じような特性にあるかもしれません。
しかし、このような市場ばかりではありません。
ネットサービスにおいても、大きなシステムを構築するときには、費用が発生し、すぐに参入できるものではありません。リアルなビジネスでは一層そうでしょう。
以上を考えると、1つ1つの条件をクリアするのさえ難しく、すべての条件を満たすような市場はありえないといえるでしょう。
ここから経済学ははじまる
このようなことを平気で論じている経済学について、
「あてにならない」「無駄だ」「役に立たない」
と思っても仕方ないでしょう。学問的な「遊び」としては面白いかもしれませんが、このように思っても、その通りです。
しかし、経済学は、このような理想的・空想的な状況をベースに、現実に近づけるため、それぞれの条件が満たさないとき、どうなのかを研究しています。
それぞれの条件について、どのような形で研究が進められてきたかを説明すると、次のようになっています。
1.市場における財の特性や価格などの情報を全員が知っていること(完全であること)
例えば、ミクロ経済学においては、「不確実性」という考えがあり、消費者が財について、よくわからない状況などが研究されたりしています。
また、ゲーム理論においても、不完備情報ということで、完全な情報をもたない状況が想定されたりもしています。
2.市場における企業のマーケットシャアが非常に小さいこと
ミクロ経済学や産業組織論では、独占・寡占などが分析されています。
3.市場で取引される財がすべて同じ(同質的)であること
財の供給にあたり、各企業がブランドをもち、違う財を生産しているモデルがあります。
このモデルをベースに、国際経済学では新しい貿易理論が構築されたり、空間経済学では都市間の集積が分析されたりもしています。
4.市場への企業の参入・退出が自由に行われること
産業組織論では、参入障壁というものが研究されています。
特に参入にあたって、大きな投資が必要な場合には、参入が阻害されたり、独占的になります。このことから、「2.市場における企業のマーケットシャアが非常に小さいこと」という条件と関連しており、研究が進められています。
まとめ
以上のように、完全競争市場というには非現実であり、例を考えようとしても、実際にはありえません。
ただ、完全競争市場の条件をベースにしながら、その条件の一部を外したりして、より現実に近い状況を経済学では研究していると言えます。
参考
奥野正寛・鈴村興太郎『ミクロ経済学Ⅰ』