はじめに
ミクロ経済学やゲーム理論において、当たり前のように「期待効用仮説」というものが出てきます。
期待効用仮説とは、不確実な状況下で個人が意思決定を行うにあたり、期待効用を最大化する行動をとるというものです。
この言葉のとおり、不確実性があるときには、この期待効用仮説をもって、効用を定義して、議論を進めていく必要があります。そして、期待効用仮説の議論を見ると、「仮説」とはいえ、決して変な話ではありませんが、数学的にはしっかりと仮定を加えないと、期待効用仮説は成立しないことになります。
教科書によっては、当たり前のこととして、省略されたりもしますが、ここでは、この期待効用仮説の仮定(公理)について、説明します。
期待効用仮説の公理
期待効用仮説においては、次の4つの仮定が置かれます。
①完備性
②推移性
③独立性
④連続性
それぞれについて、説明していきましょう。
①完備性
完備性とは、2つの選択肢があったとき、意思決定者は必ず、どちらが好ましいかを決定できるというものです。
数学的な説明では、次の通りです(なお、$\succsim$は意思決定者の選好です)。
【完備性】
すべての選択肢$x \, , \, y$について、$x \succsim y$ または $y \succsim x$
が必ず成り立つ
もっともらしい話ですが、普通の人間を考えると、必ずしもすべての選択肢について、好き嫌いを選ぶことはできません。しかし、期待効用仮説においては、しっかりと何が好ましいかを把握できるような意思決定者を想定しています。
ただ、この完備性を仮定しないと、いくつかの選択肢がある中で、意思決定者は優先順位をつけることができず、議論を進めることができません。言い換えれば、どちらがいいか分からないといったような曖昧な意思決定者を想定しておらず、この仮定により、このような意思決定者を排除しています。
これが現実的であるかどうかは別として、議論を進めるうえでも、期待効用仮説では、この完備性が仮定されます。
②推移性
推移性とは、いくつかの選択肢について、それらの順序が決まっているというものです。
数学的な説明では、次の通りです。
【推移性】
すべての選択肢$x \, , \, y \, , \, z$について、$x \succsim y$ かつ $y \succsim z$ ならば、$x \succsim y \succsim z$
が成り立つ
ラーメン・うどん・そばという具体例でいえば、ラーメンのほうがうどんよりも好きで、うどんのほうがそばよりも好きならば、ラーメンのほうがそばよりも好きということです。
ラーメン>うどん かつ うどん>そば ならば ラーメン>そば
これも現実的な人間を考えれば、必ずしもそうならないことがあるでしょう。ラーメン・うどん・そばの例でいえば、ラーメンとうどんを比べたとき、ラーメンのほうが好きなだけで、ラーメンとそばを比べたとき、違った好みになる可能性があります。例えば、ラーメンとうどんでは麺の太さで好き嫌いを選び、うどんとそばでは値段で好き嫌いを決めたときには、好き嫌いの基準がそれぞれで異なるので、むしろこの推移性が成立することは考えにくいと思われます。
しかし、この推移性を仮定しないと、いくつかある選択肢について、順序をつけることができなくなるため、この仮定が必要になります。
③独立性
独立性とは、ある選択肢を比較した後に、別の選択肢(の確率)を付け加えても、元の選択肢の好き嫌いは変わらないというものです。
数学的な説明では、次の通りです。
【独立性】
選択肢$X \succsim Y$ならば、任意の確率$p$について、$p X + (1 \, – \, p)Z \succsim p Y + (1 \, – \, p)Z$
が成り立つ
この説明はややこしいので、補足すると、$X \succsim Y$に対して、$(1 \, – \, p)Z$を付け加えても、その選好の順序は変わっていないことを示しています。
上記のラーメン・うどん・そばで考えるましょう。
ラーメンのほうがうどんよりも好きといったとき、ある確率で、ラーメン・うどん・そばを食べる場合、
(ラーメン もしくは そば を食べる) > (うどん もしくは そば を食べる)
が成り立つということを意味しています。
競馬でいえば、単勝で2つの馬を比較したとき、複勝で2位の馬を付け加えても、その複勝で選ぶ馬券は、単勝の比較したものと変わらないといったところでしょうか。
しかしこの仮定がないと、新たな選択肢を付け加えたとき、元の選好の順序が壊れることになり、おかしなことになってしまいます。このため、期待効用仮説では、この仮定が加えられます。
なお、この仮定が成り立たない例として、「アレのパラドックス」があります。
④連続性
連続性とは、3つの選択肢があるときに、その中間となるような選択肢の確率を、他の選択肢の組み合わせで実現できるというものです。
【連続性】
選択肢$X \succsim Y \succsim Z$ならば、$p X + (1 \, – \, p)Z$
と無差別になるような確率$q$が存在する
これについても補足すると、選択肢Yの確率を$q$とすると、
$q Y = p X + (1 \, – \, p)Z$
となるような$q$が存在するというものです。
これも若干、ややこしい感じですが、この仮定により、2つの選択肢を1つに合成できることを意味しています。
上でいえば、選択肢$X$と$Y$を使って表現したものを、$qY$だけで表すことができます。
逆にこの仮定がなければ、選択肢の間で隙間が生じることになります。
カレーでいえば、甘口・中辛・辛口があったとき、甘口と辛口を混ぜれば、中辛を実現できるといったイメージでしょうか。そして、甘口と辛口を混ぜても、中辛は作れないとなると、変な話になるのでやめておきましょうということです。
最後に
以上のような仮定のもと、期待効用仮説は作られています。
そして、これらの仮定は、通常のミクロ経済学の効用関数における公理と似ている部分が多くあります。ただし、期待効用仮説において、独立性といったものがあったりと、異なっている部分もあります。
特に、通常の効用関数の公理を学んだ方ならば、期待効用仮説の公理も同じようなものと看做しがちですが、違う点があるので、注意をしましょう。
参考
岡田章『ゲーム理論・入門』
川越敏司『「意思決定」の科学』